2016年 09月 26日

どんな人も「昨日よりも今日が良くありたい」からゴールなんてない

ボクが独立したいと感じたきっかけは色々ありますが、

心底感じたきっかけの一つは両親との別れでした。

 

親からの愛情をたっぷり受けて成人した23歳の頃だったお陰で、

悲しみは最小限だったと思います。

(親の愛情を十分受けた子ほど親離れできる気がします。)

 

それでも、やっぱり影響は大きかったです。

「たられば」もありますよね。

その中に時間が会社都合でなく自分都合で使えたら、があり、

手段として「起業」がありました。

 

当時流行していた「金持ち父さん」の本に影響受けて

不動産投資の勉強会にも出たりもしました。

「不労所得」という働かなくても所得がある状態に

人生のゴールとして憧れたからです。

 

結局不動産投資するわけでもなく、

不労所得は考えなくなりましたが、

WEB業界で「起業」してから3年経った頃、

自分としては満足できる収入を

サラリーマン時代の5分の1の労働時間で得られるようになりました。

※それで満足?と思われる額ですが、サラリーマン時代より良かったです。

 

不労所得ではないですが、

割と時間は自由に使えて

時間的な不満はゼロに近かったです。

 

でも、忙しくしていないと余計な事を考えてしまうのでしょうか。

自分としては一旦のゴールになっていた「不労所得」に近い状態は

昨日の自分に食べさせてもらっている気がして落ち着きません。

 

達成した状況で満足していると、

昨日までの自分に負けている気がする。

何故、そこまで追いつめられるのか考えた時、ふと気づいたのが

どんな人も「昨日よりも今日が良くありたい」という事。

 

他人から見て大した事じゃなくても、

「意外と自分は出来るんだ」「やっぱり自分は凄い」と

感じられる目標であれば達成するのは快感です。

 

その達成できた理由を考えた時、「苦労」は大きな根拠の一つになります。

苦労が楽しい経験だったとさえ認識させます。

同じような苦労をしなければ「求める快感」は得られない気さえするので、

苦労を求めるようになるのではと思います。

 

他人が褒めてくれた結果は他人事のように喜べますが、

自分が褒めてくれた結果は未来の自分にとってプレッシャーとなるし、

次のステージへの欲求に繋がる。

 

自分のルートを辿る後輩が好きなのは、

自分へのかなわぬ欲求を他人を通じて満たすからなのかもしれません。

自分に諦めた時は「苦労」を強要して老害化する気もします。

 

他人と比較して大した結果でないと感じても、

自分が認めてくれる結果を残し続けられれば、

自分を好きになれるし、人生を結構楽しめます。

 

どれくらいの期間で結果を残せばといえば、

3か月、3年というタームは結構良いと思います。

 

「黙って3年勤めてみろ」というのは

意外と理にかなっているかもしれません。

もちろん辞めても自分が選んだ道なら良いと思いますが。

 

どんな偉人も伝記を見れば

最高潮も、どん底も、ゴールじゃないんですよね。

「昨日よりも今日が良くありたい」からゴールなんてないんです。

 

ゴールなんてないと言うと一見大変そうですが、

逆をいえば人が決めたゴールを達成しなくても気に留める必要もないし、

ゴールを達成して燃え尽きたまま終わるという事もない。

楽しんで目指せるゴールがいくらでもある恵まれた時代なのかと思います。

 

 

 

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